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東京地方裁判所 平成7年(ワ)757号 判決

原告

髙野裕介

ほか二名

被告

塙正義

ほか一名

主文

一  被告塙正義は、被告髙野裕介に対し、金一五二三万四二七九円、同髙野朋子に対し、金一五八二万九七三七円、同髙野セツに対し、金一〇九万二四三一円、及びこれらに対する平成五年六月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告安田火災海上保険株式会社は、原告らに対し、金三〇〇〇万円及びこれらに対する平成七年二月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを五分し、その二を原告らの負担とし、その余は被告らの負担とする。

五  この判決は、第一項及び第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告塙正義は、原告髙野裕介に対し、三八三七万一四五三円、同髙野朋子に対し、三九五七万一四五三円、同髙野セツに対し、金二二〇万円、及びこれらに対する平成五年六月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告安田火災海上保険株式会社は、原告らに対し、三〇〇〇万円及びこれらに対する平成五年六月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用の被告らの負担及び仮執行宣言

第二事案の概要

一  本件は交通事故により死亡したとして、その男性の遺族らが、自動車の運転者及び自賠責保険会社に対し、損害賠償等を請求した事件である。

二  争いのない事実及び証拠により容易に認定できる事実

1  被告塙正義(以下「被告塙」という。)は、平成五年六月二九日午後二時四七分ころ、千葉県野田市宮崎一二三番地先(県道土浦野田線)路上(以下「本件道路」という。)において、普通貨物自動車(土浦一一み四六六一。以下「被告車両」という。)を運転していた(甲一〇の2、被告塙本人)。

2  亡訴外髙野貞一(昭和九年八月一日生。以下「貞一」という。)は、右鎖骨・右上腕骨・右尺骨右第二ないし第四肋骨・左上腕骨骨折、頭部打撲・挫創の傷害を受け、平成五年六月二九日午後九時五八分千葉県野田市横内二九番一号所在の小張総合病院において、脳挫傷による神経性シヨツクにより死亡した(当時五八歳。甲三、四)。

3  原告髙野裕介及び同朋子は、貞一の子であり、同髙野セツは、貞一の母である(以下、それぞれ「原告裕介」、「原告朋子」、「原告セツ」という。甲四、五)。

4  損害の填補

原告らは、政府の自動車損害賠償保障事業(以下「政府保障事業」という。)から合計二九七〇万二七四三円の填補を受けた。

三  本件の争点

本件の主要な争点は、貞一が被告車両により交通事故被害を受けたかどうかであり、被告らは、その責任を争つている。

1  本件交通事故について

(一) 原告らの主張

(1) 被告塙は、前方不注視の過失により貞一を轢く交通事故(以下「本件事故」という。)を生じさせたものであり、本件事故当時、被告車両を自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条に基づき、原告らに生じた損害を賠償すべき責任がある。

(2) 被告安田火災海上保険株式会社(以下「被告安田火災」という。)は、被告車両の自賠責保険会社であるから(この点は当時者間に争いがない)、自賠法一六条一項に基づき、保険金額の限度において、損害賠償額の支払をなすべき義務がある。

(二) 被告らの認否

被告塙が本件事故を惹起した事実は、否認する。

2  原告らの損害額について

(一) 原告らの主張

(1) 逸失利益

ア 労働収入分 二五五三万八八七四円

貞一は、本件事故当時、五八歳であり、六〇歳の定年後も被扶養者二名(原告裕介、同セツ)を抱えて平均余命の半分である一一年間稼働予定でいたものであるから、平成五年賃金センサス第一巻第一表企業規模計産業計男子労働者学歴計六〇歳の平均年収額四三九万二五〇〇円を基礎とし、生活費三〇パーセントを控除してライプニツツ方式により算定。

イ 年金収入分 二〇四〇万四〇三二円

貞一が定年後に支給される年金は、六〇歳から六五歳までの五年間は、国家公務員等共済組合から退職共済年金として二三三万九〇〇〇円、六五歳から死亡時までは、同共済組合から一六二万〇三〇〇円、国民年金保険から老齢基礎年金として七一万八七〇〇円(総支給額に変更はない。)であり、死亡時の男子の平均余命は二〇年であるから、右アと同様、生活費三〇パーセントを控除してライプニツツ方式により算定。

(2) 慰謝料(貞一分) 二〇〇〇万〇〇〇〇円

(3) 葬儀費用(原告朋子分) 一二〇万〇〇〇〇円

(4) 遺族固有の慰謝料 六〇〇万〇〇〇〇円

原告ら各自につき 二〇〇万〇〇〇〇円

(5) 弁護士費用 七〇〇万〇〇〇〇円

原告裕介、同朋子分 各三四〇万〇〇〇〇円

同セツ分 二〇万〇〇〇〇円

(二) 被告らの認否

原告らの損害については、争う。

第三争点に対する判断

一  本件事故状況について

1  甲二、三、一〇、一一(枝番を含む。)、一五、乙四、五、証人石川雄二、原告裕介本人、被告塙本人、弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

(一) 本件現場付近の状況は、概ね別紙現場見取図(以下「別紙図面」という。)記載のとおりである。

本件道路は、千葉県野田市柳沢方面から同県野田市野田方面に向かう、片側一車線の道路であり(各車線とも幅約三・二メートル)、中央線が設けられているほか、車道の両側に路側帯各一・四メートル、歩道各二・二メートルが設けられている。

本件道路は、最高速度が四〇キロメートル毎時に制限されているほか、一時停止禁止、追い越しのためのはみ出し禁止の規制がされている。

本件道路は、アスフアルトで舗装され、平坦であり、本件事故当時、雨のため、路面は湿潤していた。

本件道路は、直線で見通しはよい。

本件道路において、平成五年六月二九日午後二時五五分から午後三時二五分まで実施された実況見分の際、現場にスリツプ痕等は認められなかつたが、道路上には、デニーズ野田店駐車場から道路に向かい、左側車線上中央部分に長さ〇・八五メートル×〇・三メートルの毛髪が付着した擦過痕が認められ、さらに上方の別紙図面ア地点に〇・四メートル×〇・四メートルの血痕が認められたほか、他に傘(同図面あ地点)、靴(い地点)、ラジオ(う地点)が散乱していた。

(二) 被告車両は、キヤブオーバー型の平トラツク(四トン車)で、長さ八・〇二メートル、幅二・二五メートル、高さ二・五一メートルであり、塗色は白色、荷台のあおり板部分は、アルミ製のシルバーである。また、前輪と後輪との間には、巻き込み防止用のサイドバンパーが車体の両側に装着されている。

被告車両について、平成五年六月二九日午後五時四五分から午後六時一五分まで実施された実況見分の際、車両各部には外見上、明白な凹損箇所等は認められなかつたが、車両下部ラジエーター、スプリング部分に払拭痕が認められた。

(三) 証人石川雄二(以下「証人石川」という。)は、本件事故当時、普通乗用自動車(以下「石川車両」という。)を運転し、本件道路を野田市柳沢方面から野田市野田方面に向かい進行中、別紙図面の目1地点でデニーズ野田店の駐車場から本件道路に右折進入してきたトラツクを認め、その後、同図面の目2地点において、トラツク通過後に本件道路上の、デニーズ野田店の駐車場の真ん中辺りに貞一が倒れているのを発見して、同図面の目3地点に石川車両を停車させた。

貞一は、本件道路の中央線上に頭部が掛かり、足をデニーズ駐車場側に向けて斜めになり、俯せに倒れていた。

本件事故当時、石川車両の前方車線上には、被告車両のずつと前しか車はなく、デニーズの一〇〇メートル手前で人が倒れていれば見えると思うが、その時点では人は倒れていなかつた。

証人石川は、停車後、貞一に近づいたところ、助けてくれと言つていたため、デニーズ野田店に行き、救急車を呼ぶとともに店員に今出て行つたトラツクは出入りの業者かと尋ねた上、至急連絡を要請し、その後、警察が到着するまで現場で交通整理を行つた。救急車が到着するまでの間、貞一に触れた者はいなかつた。

現場の路面には、右にカーブする形で毛髪がすれて細かく付着していた。

証人石川は、法廷において、デニーズ野田店から出てきたトラツクは、箱形で色がシルバーと白の二トン車位であり、証人石川がたまに運転することのある二トン車と運転台の高さが同じ位であつた、四トン車ではなかつた、対向車線側からの横断者はなかつたと述べている。

(四) 被告塙は、本件事故当時、被告車両を所有し、持ち込みで運送の仕事に従事しており、本件道路はデニーズ野田店に週二回位配達をして道路状況はよく知つていたものであるが、本件事故当日、デニーズ野田店に酒類等を納品した後、次の配達先に向かうため、デニーズ野田店駐車場出口において一時停止し、左右を確認して本件道路を野田市柳沢方面に右折進入し、そのまま同所を離れて茨城県内に入つていたところ、野田警察署から連絡が入つたため、いつたん同警察署に行き、車両の実況検分を経た後、再び現場に戻り、午後五時四五分から午後六時一五分まで実施された実況見分の際、指示説明を行つた。

被告車両がデニーズ野田店を出発した当時の積み荷は、一トンもない位で、荷台の前部に載せてあおり板の外側まで青色のシートをかぶせており、荷台の上から荷物は見えない程度であつた。

本件事故当時、本件道路の野田市柳沢方面から野田市野田方面の車線には、塙車両の左右に車両はなく、被告塙は、貞一に気づかなかつた。

被告塙は、本件事故当日、警察官からタイヤの痕跡が貞一の衣服に付着していた痕跡と一致したと言われた。

(五) 原告裕介は、本件事故の知らせを受けて、小張総合病院に駆けつけた際、貞一にはまだ意識はあつたが、事故の状況を聞ける状況ではなく、貞一の身体には、左前腕の内側にタイヤ痕が斜めに付いていたほか、背中に引きずられたような痕があつた。

事故の数日後、原告裕介が野田警察署において、貞一の衣服を見たとき、ジヤンバーの背中の辺りが破れて一部なくなつており、その下にきていたポロシヤツも背中が破れていた。

2  右の事実をもとに検討すると、本件事故は、被告塙の運転する被告車両によつて惹起されたものと推認される。その理由は、次のとおりである。

前認定事実によれば、本件事故当時、被告塙がデニーズ野田店駐車場から本件道路の野田市柳沢方面から野田市野田方面の直線に進入した際、被告車両の直近左右に走行中の車両はなかつたこと、貞一は、被告車両の右折進行後に本件道路上に転倒していたこと、貞一の転倒位置は、デニーズ野田店駐車場の真ん中付近に位置しており、頭部を中央線方向に向け、足をデニーズ野田店駐車場側に向けていたこと、路面の毛髪は、被告車両進行方向に沿つて右にカーブして付着していたこと、反対(対向)車線からの横断歩行者はなく、少なくとも、被告塙は確認していないこと、貞一の傷害は、車両に轢過されたものであり、証拠上、必ずしも同一であることの断定はできないが、被告車両の下部ラジエーター、スプリング部分に払拭痕が認められたこと、被告車両通過後、救急車到着までの間に貞一の身体に触れた者はいないこと等の事実が認められ、これらの諸点からすると、本件事故が被告車両により引き起こされたことが強く疑われる一方で、本件事故前後の状況において、被告車両以外の車両が関与した可能性は容易に考えにくいからである。

ところで、証人石川の供述中には、トラツクは、箱形で色が白とシルバーの二トン車であつたとする部分があり、これが被告車両の特徴と齟齬するのではないかが問題となるが、被告車両の塗色は白色であり、本件事故当時、シルバーのあおり板を上げた状態で走行していたことからすれば、これらが必ずしも被告車両の特徴と齟齬するとまではいえない上(同人が二トン車と認識した理由についても、車両自体の大きさよりも単に運転台の高さがたまに運転する二トン車と変わらないことを理由とするように窺われる。)、青色のシートも荷台前部に部分的に掛けられていたにすぎないから、これらの点が同人の供述の信用性を左右するに足りるともいえない。

これに対し、被告塙は、本件事故当時、被告車両のタイヤに衝撃はなかつた等として、本件事故を引き起こした事実を否認するが、右の点に照らし、被告塙の供述は採用できない。

そして、右の事実に照らすときは(なお、被告塙が貞一を認識していないことは、同人の前方不注視を推認させる。)、本件事故の詳細な状況を原告が主張立証しなければならないものではないと考える。

3  すると、被告塙は前方不注視の過失により本件事故を生じさせたものであり、被告塙本人によれば、本件事故当時、被告車両を所有し、これを自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条に基づき、原告らに生じた損害を賠償すべき責任があり、被告安田火災は、被告車両の自賠責保険会社であるから、自賠法一六条一項に基づき、保険金額の限度において、損害賠償額の支払いをなすべき義務がある。

二  原告らの損害額について

1  逸失利益

(一) 労働収入分 一八七二万八三四二円

甲四、原告裕介本人によれば、貞一は、本件事故当時、五八歳の国家公務員であり、六〇歳の定年後も、通常の就労可能年齢の終期である六七歳まで就労するものと認められるところ(それを越えて七〇歳まで就労可能であることの蓋然性を認めるに足りる証拠はない。)、その収入額が明らかでなく、将来的に収入が減少傾向にあることから、平成五年賃金センサス第一巻第一表企業規模計産業計男子労働者学歴計六〇歳ないし六四歳の平均年収額四三九万一五〇〇円を基礎とし、また、貞一の本件事故当時の家族構成(原告裕介、同朋子、同セツ)に鑑みると、生活費控除率は、扶養者一名の場合の四〇パーセントとするのが相当であり、九年間の逸失利益をライプニツツ方式(係数七・一〇七八)により算定すると、次式のとおりとなる(一円未満切捨て)。

4,391,500×(1-0.4)×7.1078=18,728,342

(二) 年金収入分 一三〇三万〇八四九円

甲八の1、2によれば、貞一が支給される年金額は、平成五年八月から平成一一年七月までは、国家公務員等共済組合から退職共済年金として二三三万九〇〇〇円、平成一一年八月から死亡時までは、同共済組合から一六二万〇三〇〇円及び国民年金保険から老齢基礎年金として七一万八七〇〇円(合計二三三万九〇〇〇円であり、総支給額は変わらない。)であるから(甲八の2によれば、五九歳時から受給できることになるが、請求の範囲内で六〇歳から算出する。)、右金額を基礎とし、また、貞一定年時の六〇歳男子の平均余命は二〇年であり(平成五年簡易生命表による)、その生活費控除率は、前記(一)で述べたことから、当初の七年間は四〇パーセントとするのが相当であるが、その後は、収入が年金だけとなるから、生活費控除率は、六〇パーセントとするのが相当である。

右を前提として、貞一の二〇年間の逸失利益をライプニツツ方式により算定すると、次式のとおりとなる。

2,339,000×(1-0.4)×(7.1078-1.8594)=7,365,604

2,339,000×(1-0.6)×(13.1630-7.1078)=5,665,245

7,365,604+5,665,245=13,030,849

2  慰謝料(貞一分) 二〇〇〇万〇〇〇〇円

貞一の死亡を斟酌すると、右金額が相当である。

3  葬儀費用(原告朋子分) 一二〇万〇〇〇〇円

弁論の全趣旨により認められる。

4  遺族固有の慰謝料 六〇〇万〇〇〇〇円

貞一の死亡についての遺族固有の慰謝料は、原告ら各自につき、二〇〇万円とするのが相当である。

5  右合計

原告裕介 二七八七万九五九五円

原告朋子 二九〇七万九五九五円

原告セツ 二〇〇万〇〇〇〇円

三  損害の填補

原告らが、政府保障事業から合計二九七〇万二七四三円の填舗を受けたことは、当時者間に争いがないから、各債権額に応じて充当すると、原告裕介につき一四〇四万五三一六円、原告朋子につき一四六四万九八五八円、原告セツにつき一〇〇万七五六九円の填補があり、その残額は、原告裕介につき、一三八三万四二七九円、同朋子につき、一四四二万九七三七円、同セツにつき、九九万二四三一円となる。

四  弁護士費用

本件事案の内容、審理経過及び認容額、その他諸般の事情を斟酌すると、原告らの本件訴訟追行に要した弁護士費用としては、原告裕介、同朋子につき、各一四〇万円、同セツにつき、一〇万円と認めるのが相当である。

五  認容額

原告裕介 一五二三万四二七九円

原告朋子 一五八二万九七三七円

原告セツ 一〇九万二四三一円

第四結語

以上によれば、原告らの被告塙に対する請求は、原告裕介につき、一五二三万四二七九円、同朋子につき、一五八二万九七三七円、同セツにつき、一〇九万二四三一円、及びこれらに対する本件事故の日である平成五年六月二九日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を、被告安田火災に対する請求は、原告らにつき、三〇〇〇万円及びこれらに対する訴状送達の日の翌日である平成七年二月四日から(なお、本件訴訟提起以前に自賠責保険会社である被告安田火災に請求がなされたことを認めるにたりる証拠はないから、遅延損害金の発生日は、訴状送達の日の翌日となる。)民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を、それぞれ求める限度で理由があるが、その余の請求は理由がない。

(裁判官 河田泰常)

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